座敷わらしさまとオーブ

短編小説 @oideyoyamaさんとの

Sky with clouds

風が、びゃうびゃうとふき カラカラカラと飛び転がる空き缶らしき音の正体を見ようとカーテンを細く開ける

窓の外からのすき間風はより冷たくて、目を塞ぎ込んだや否や、外は夜の帳をいつの間にか迎えていた。 あれは‥‥

あれは… 缶じゃない… 思い考えていた情景ではなかった…

びゃうびゃうと吹いていた風はいつしかごうごうと唸る程になり、カラカラと鳴り響いていた缶のような乾いた音は既に遠くまで過ぎ去っている。遠くにうごめいていたであろう烏共は何処かにか身を潜めたらしく、周りはいつの間にか白く色づき始めていた。。

ガランゴン 心臓がどきんとした。 自室の窓辺のカーテンを半分ほど開け、一斗缶を蹴ったような音がしたほうを見る。 道路沿いに建つこの家、僕の部屋から道路までは5mくらいだ。そこに黒いフード付きのコートを来た女の子がいた。薄くらくても色白の肌が発光しているかのようだ。

北から吹く風の先には、黒い靄が霞掛かり、海辺の音はよりけたたましく鳴り響き、霞の向こうの恐山は何故か月に照らされ、暗闇の女はそちらから来たかのようにこちらを見ている。

女の子は視線を足元に戻すと、コートのポケットに手を入れたままの姿で一斗缶を蹴った。ゴンガラン。蹴りながら道を真っ直ぐ進んで行く。僕は頭の中の僕が止めるのもきかずに、家の玄関から走り出し、女の子のそばまで行った。「ねぇ、なにしてるの…」問いかけられた女の子は口元を歪めた。

女の子は「おら、北の柳沢のどごさおっだだども、私利私欲に飢えてもう駄目だ。さっきの缶とこの缶に魂ば入れで、今がら南部の霊峰さいぐんだ」 南部の霊峰といえば南部富士とも呼ばれている岩手山を指し、あそこには昔から鬼が住むと言い伝えられている。

「南部の霊峰だって!?大晦日の夜になんでまた…」女の子は黒目がちの目の端で男の子を見て言った。「この缶なにに見える?」少年は地面にかがみ込み観察をすると長方形には右端に頭部左端には尻尾、背中の模様から「虎」に見えた。「私はね、家々に祀られている虎年の御霊をも回収しているのよ」

僕は異端な会話の内容ながらに冷静に整理をし、そして憶測ながら彼女が更に向かう所がわかってしまった。奥州柳津虚空藏尊。日本三所秘仏にして丑、虎の御本尊ある名所である。

僕は自分の好奇心の強さを悔いた。30日から風邪ぎみで寝ていたし時間を持て余していたとはいえ、会うべき者ではない。「じゃあね」家に戻るべく挨拶をし、踵を返した。「君、私を見たらもう帰れないよ。長年のお役目からやっと解放じゃ。君が引き継ぐからねぇ」僕の足は自由をうしなった。

自由を失った足はやがて闇へと侵食していく。。そうか。お役目か。 お役目になったならこの体調不良ともおさらばだな。。それも‥いい。 僕は目の前の「彼女」になれる‥んだ‥な。 侵食は身体を徐々に包んでいき、目の前の彼女は微笑んでいた。

近くの民家の部屋から明りが灯り、コントロールされかけていた意識が戻った。鉛をぶら下げたかのような足に頼るのは止めて、四つん這いになりなんとか彼女から離れようとした。「やめなよ。石になるよ」前方を見つめたままだが、女の子の声は苛立っていた。「君、見えないの?道脇にある石が」

「石?あれ?いつもはこんなところに無いのに‥」僕はそう呟いたが、石は見覚えがある。確か‥男鹿石。秋田は男鹿半島で採掘された独特の斑紋が不規則にちりばめられた石である。ただその石はゴロリとそこにあるのではなく、祠のような形している。

「石になるってなんだよ。いったいなんなんだよ!」言いながら嗚咽がもれる。女の子が僕の側に来てしゃがんだ。「涙」その言葉で女の子の顔を見ると、真っ黒だった瞳が人間らしい目に見える。「私も以前泣いた」僕を見ながら呟くように話す。何かを思い出している表情は人間だと思わせる。

女の子がそんな表情してそんな顔をするもんだから、僕はとにかく不憫に思って切なくて。なんでこうなってしまうのかこうなってしまったのか、理由もわからないから。 色んな感情が渦巻いて僕は女の子を抱きしめた。

「そのように、抱きしめてくれた愛しい人がいた」少し前とは違い、声音まで変わった女の子。「え?」僕は女の子から腕を離し、次の言葉を待った。「めおとになる約束をしていた男がいたが、男の家族が身分の低い私を嫌った。私の目立ってきた腹を見て私の家族も私を疎ましく思った。駆落ちしか…」

僕が瞬きするたびに、女の子の姿は変化していた。もう最初に見た姿を思い出せない程だ。額や頬の辺はまだ子供のようだ。後で束ねた黒髪は艷やかだ。「駆落ちしたの?」女の子は微笑んだ。「駄目になるのはわかりきってたよ。でもね信頼している相手からそう言われただけで幸せだ」僕にはわからない。

「村の顔役のおぼっちゃまだし、幼馴染みだし、物心ついた頃から大好きで信頼してた」僕は女の子の姿の変化と話しに目を向けるだけだ。「崖の下に洞穴があって、そこで待ち合わせた。来れないのはわかってたよ。でもずっと居た。そして赤子も産んだ」女の子の頬からは涙が落ちる。「薪はあった」

「赤子のために、湯を沸かせる鍋が欲しかった。外に雪が舞う頃にガラガラと何か転がる音がしたのさ。音の傍迄行って見ると、爺が釜を蹴ってる。蹴るくらいなら、わにけてやと頼んだのさ」僕は話しの流れに緊張した。「境界線越えたら戻れんと。釜どころの話しじゃない」僕は聞いた。「赤ちゃんは?」

「爺に同じ事聞いた。お前が役目を引き継いだ後、立派な寺に預けると」僕は「辛いね」としか言えない。「全部、自分で決めた道だ。それに信頼も愛も慈しみも知った。もう、何もいらね。」子供にしか見えないのに強い。「ねえ、何でそれ蹴るの?」足元の牛に目を向ける。「これか、これはな、」

「家に祀られてる干支に宿った芯を回収してんのさ。そうしねば、次の干支が飾られても居心地悪いべさ」そんな世界があるなんて驚愕だ。「回収したらどうなるの?」「おめ、見だごとねか?干支別に祀られてるお社を?そこさ戻ってもらう」言葉遣いも話し方もかわいい女の子になっていた。「僕がやるの」

おめは未だなんにも経験してねえな。このコートやっがら、次元超えてみろ。ただの服でねえぞ。裏側にありがてえお経が書いてある。上手くすれば石に成らずに元さ戻れるべ。」コートを手渡された。「でも日本全部周るのに、これ無いと困らないの?」女の子は笑った。「地域の氏神様だって持ち場があるべ」

「そうか」僕の返答に女の子は頷いた。「もう、この道進んだら、今回の師走のお役目は終わりだ。今年は雪少ねっから、早く終わったなぁ。コート無くても、なんも支障ない」手渡されたコートを僕は持った。女の子は、地肌が透けそうなくらい薄く、ボロく着物ともよべないような布を纏っていた。

僕は手渡された曰く付きのコートをじっと見る。いや、少なからず目の前の女の子をずっと包み込んできたものだ。そんな思いすらある。裏地には確かにかすれた文字があり、色んな感情やら思いを共に歩んだんだろうと思うと、何とも言えない思いが込み上げてくる。

裏地にある文字にはうっすら霊山、と記されている部分がある。 僕は彼女に「ここが終焉の?」と聞くと彼女はにっこりと笑う。霊山は知っている。福島の有名な霊峰、霊山。一度だけだが僕は行ったこともある。私は渡されたコートを羽織ると、彼女の手をとる。

彼女は私をキョトンとした眼差しで見上げる。 僕は彼女に伝える。共に歩もう。共に行こう。いい事ばかりでは無いだろうし、悪い事ばかりでも無いだろう。如何なる時でも、僕は君のそばにいるよ。

彼女は涙を流す。先程まであんなに待っていたごうごうと唸る程の風はもうすっかりやんで、いつの間にか山々は白くたなびく。東の空から登る朝日が顔を出して、繋ぐ手は仄かに暖かく。僕達は明日という未来への一歩を踏み出したのだった。

エピローグ

とーんびとろろ、おみゃどこいーく、くまののみちで、かーいたかーみをひーろうた、そりょだぁれによましょ「おーいねちゃんによましょ」僕の隣にいた女の子はクスッと笑った。「お絹さんだ」振り返ると黒いコートを着た長身の女性が立っていた。「お稲ちゃん、誰だい?隣の兄さんは?」

女の子は舌をペロっと出した。「今日、逢引きなの」絹と呼ばれた女性は、僕の隣に座った。「兄さん、名前は?」「スカイです」「スカイ!妙な名だねぇ、ホホホ」笑われて、僕は赤面した。「引き継ぎのお仲間かい?」頷きかけた僕に、稲ちゃんが言う。「違うよ」「違うって?なに言ってんの!」絹さんが

唇に人差し指をあてて「しーっ」と言うものだから、僕は黙るしかない。そのまま3人で山寺から見える、見事な風景に魅入った。「江戸の核抜き早かったね?」稲が言う。「イヤだよ、お稲ちゃん、今は東京というって言ったろ?」「んだな」絹が着物の袂から煙草を出し、煙を吐きながらいう。

「干支飾りも、少なくなって来たのかねぇ」そういうと「またねぇ」といって階段を降りて行った。「スカイさん、また次の大晦日にあんたに会いにくるよ」先に話そうと思ってたのに、僕は言葉を飲み込んだ。「この作業に2人はいらねんだぁ」僕には返す言葉もみつからない。

「わかったよ…」微笑んだ稲はスカイと手を繋いだ。「昔の事を思い出させてくれて、ありがてかったぁ」そう言って、またにっこり笑う。「送るからね」「え、なに?」しゃがんでいた。返答すら聞いてない。立って見ると、着ていたであろう黒いコートが灰のように空中で舞う。

微かに空中のなかから、稲ちゃんの声が聞こえる。とーんびとろろ、おみゃどこいーく…… 新年を迎えた冷たい空気を吸い込み、僕は自宅の玄関の扉を開けた。「2023年うさぎ年か」僕は寂しさもあり、でも希望もあり、玄関の扉を閉めた。(大晦日の出会い編 終)

おいでよ山形さん、 汐(処女作) 記念に汐マイブログに 載せておきます✐

モバイルバージョンを終了